国境が開くのは午前八時と知らされていた。しかしここに来てわかったことは、それはイラン時間の八時ということだった。ということはパキスタン時間の午前九時ということになる。時間はたっぷりあった。それまでにすませなければいけないことがふたつあった。ひとつは闇両替。もうひとつは、僕らの荷物を詰め替えることだった。十八年前、このタフタンの町での闇両替レートは涙が出るほどよかった。すでにあやふやになっている記憶を呼び起こすと、当時、国境の手前での両替レートはイラン国内の数十倍に達していたように思う。
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日本のバックパッカーたちが、陸路でヨーロッパをめざした場合、この国境を通過することが多く、両替率のよさはまさにユーラシア大陸を旅するバックハッカーの伝説のように語り継がれていた。ここで両替すると、イランの首都であるテヘランの一泊百ドルにもなるインターコンチネンタルが十ドルほどで泊まることができることは、バックハッカーの間ではよく知られていた。インターコンチネンタルのスタッフは「どうして薄ら汚い旅行者がよくやってくるのだろう」と不審を抱き、調べてみると、全員がパキスタンからの陸路入国者だったというのは有名な話だった。ホテルのほうも、これはまずい、と思ったのか、それ以降、パキスタンから陸路伝いにやってきた客には、満室だと断るようになったという。