のんびり過ごした高校生活のせいか、大学に入学した当初は同級生にひどく引け目を感じることが多かった。読書量だけでなく、英語力や話題力などについても大きな遅れをとっていると思ったのである。そこで戦略を立てた。読書は岩波文庫の社会科学を中心に古典を読破することを目標とした。しかも、原文で読むというドンキホーテでもやらないような目標を設定した。大学一年から英語はもちろん、独仏露中韓国語の学習を始め、マックス・ウェーバーのような古典を、翻訳書を参照しながら原文で読むべく格闘したのである。この大戦略は何年かかるかわからなかったが、勇気をもってつき進んだ。先生に出会ったのは、教養学科という、専門科目をあまりきつく決めなくてもいいというところに進学したときである。先生の特筆に値するところは、実証主義をしっかり身に付けていないと研究はいい加減になるということと、外国語(先生の場合は英語と中国語)は青少年時代に精一杯やるべき、と主張されたことである。外国語は世界を広げ、異なる考え方、行動様式について理解を助けるからである。どちらも私の大戦略を鼓舞した。先生は、国際関係論と東アジア近代国際政治史を専門にしておられた。アメリカやイギリスにおける近代中国研究や国際関係論について、戦後日本の立ち遅れを慨嘆されるのを聞き、私もその戦いに参加しようと秘かに思った。ところが、東大の大学院は紛争で、空となり虚となった。そこで、卒業後はアメリカに留学することになるのだが、先生が初めから留学を薦めてくれていたことも大きな励みとなった。